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1603年、森蘭丸の末弟 森忠政が江戸の新将軍 徳川家康により、美作の地に信州川中島から大名として入封されました。忠政を始めとして森家4代が95年に亘り美作を治めたのです。美作地方のいくつかの地を視察した後、忠政はその地を選び鶴山と呼びました。忠政はその名を津山と変え、13年後に完成する自らの城の築城を開始しました。城下町の設計と建築が同時に始まったのですが、忠政は最初に治水に関心をもち、吉井川の流れを変え、北岸に石壁を築いたのです。“寺町”が城下町の東端と西端に築かれた。木とわら屋根でできている農家や庶民の家々と対照的に、寺は城と同様、瓦(土)と石壁で築かれました。それぞれの端に“寺町”を配置することは城防衛の役目でもあったのです。万が一、敵が攻撃してくれば、侍は最初に寺を起点に津山を守り、必要とあらば退却し、城自体を起点にして闘ったでしょう。
1692年には、西寺町は24の寺から構成されていて、庶民は原則として同業者たちと共に町場に住みました。
それ故、町場はしばしば単純にそこに住む人々の職業の名を与えられたのです。“鍛治町”のように…


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